卒業映画をお探しですね。
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映画『卒業』ってどんな話?ラストシーンに隠された「虚無」を考えてみた
1967年に公開された映画『卒業』を知っていますか?結婚式場から花嫁を奪い取るシーンがすごく有名なんですが、実はこの映画の本当にすごいところは、その直後に訪れる「沈黙」のシーンなんです。
多くの人が「ハッピーエンドだったよね!」って記憶しているこの映画、実はそんなに単純な話じゃないんです。
今回は、あらすじを振り返りながら、あのラストシーンの意味について考えていきたいと思います。
優等生なのに何だかモヤモヤする主人公
主人公のベンジャミンは、東部の有名大学を優秀な成績で卒業して、カリフォルニアの実家に帰ってきたばかり。
周りの大人たちはみんな「将来有望だね!」って褒めちぎるんですが、本人はなんだか全然嬉しくありません。
プール付きの豪邸で開かれる卒業パーティーでも、彼の顔はずっと暗いまま。
大人たちが「これからはプラスチックの時代だよ!」なんて言ってくるんですが、ベンジャミンにはそういう物質的な価値観がすごく空っぽに感じられます。
「何かになりたい、でも何になればいいか分からない」っていう、まさに進路に迷う学生みたいな気持ちですよね。
そんなモヤモヤしているベンジャミンに近づいてきたのが、父親の仕事仲間の奥さん、ミセス・ロビンソン。
彼女に誘惑されて、ベンジャミンは不倫関係に陥ってしまいます。
でもそこに愛はなくて、ただの退屈しのぎ。
この関係が、物語が大きく動くきっかけになっていきます。
状況が変わるのは、ベンジャミンがミセス・ロビンソンの娘・エレーンとデートすることになってから。
最初は嫌々だったのに、エレーンの純粋な性格に本気で恋をしてしまうんです。
でも母親との関係がバレて、二人は引き裂かれてしまいます。
そこでベンジャミンは、それまでの無気力な態度を捨てて、エレーンを追いかける決意をします。
伝説の「花嫁強奪」シーン
この映画で一番有名なのが、教会でのシーンです。
エレーンが別の男性と結婚させられそうになっているのを知って、ベンジャミンは必死に車を走らせます。
ガス欠になりそうになりながら、最後は走って教会に到着。
2階の窓ガラスを叩いて「エレーン!」って叫ぶベンジャミン。
それに「ベン!」って応えるエレーン。
このシーンは、親が決めたレールに従わない若者たちの反抗の象徴として描かれています。
ここで注目したいのが、ベンジャミンが手にした「武器」です。
彼は教会にあった大きな十字架を振り回して、追いかけてくる人たちを防ぎます。
そしてその十字架をドアに突っ込んで、鍵代わりにするんです。
これってすごく象徴的なシーンで、彼が単に花嫁を奪っただけじゃなくて、宗教とか社会のルールとか、大人たちが作った「常識」みたいなものを全部否定してるってことなんですよね。
十字架を信仰の対象じゃなくて、ただの「道具」として使っちゃうところに、当時の若者たちの反抗心が表れています。
二人は教会を飛び出して、たまたま通りかかったバスに飛び乗ります。
この瞬間は、観ている人に「やった!」っていう爽快感を与えます。
ずっと抑えつけられていたベンジャミンが、ついに自分の意志で動いて、愛する人を手に入れた勝利の瞬間に見えるからです。
でも、この映画の本当にすごいところは、実はここからなんです。
バスの中で訪れる「虚無」の正体
教会から逃げ出して、バスの後ろの席に座った二人。
最初は興奮して、お互いに見つめ合って、満面の笑顔です。
「やったー!」っていう高揚感でいっぱい。
でも、その笑顔は長く続きません。
カメラはずっと二人の顔を映し続けます。
数秒、数十秒と時間が経つにつれて、二人の顔からだんだん笑顔が消えていくんです。
ベンジャミンの表情は固くなり、エレーンも不安そうに視線をさまよわせます。
この表情の変化こそが、この映画が伝説になった最大の理由です。
バスの中の他の乗客たちは、ウェディングドレスを着た女性とラフな格好の男性という変な二人連れを、冷たい目で見ています。
二人は完全に浮いていて、周りから「変な人たち」って見られてるんです。
そして流れてくるのが、サイモン&ガーファンクルの名曲。
この音楽が、二人のこれから訪れる厳しい現実を暗示しています。
熱が冷めてきた二人は、「結婚式をめちゃくちゃにして逃げてきた」っていう事実の重さに、やっと気づき始めるんです。
このラストシーンが映し出しているのは、ハッピーエンドじゃなくて、お祭りが終わった後の「虚しさ」なんです。
二人は愛を成就させたわけじゃなくて、ただ「逃げ出した」だけ。
住む場所も、仕事も、親との関係も、全部捨ててバスに乗った彼らには、これからどうするかっていう具体的な計画が何もありません。
勢いだけで突っ走った結果、たどり着いたのは「どこに向かってるかも分からないバスの中」だったんです。
二人は何も話さないし、目も合わせません。
ただぼんやり前を見つめる目は、「これからどうしよう…」っていう不安でいっぱいです。
今見ても共感できる理由
この映画のラストシーンが今でも話題になるのは、それが単なる「若気の至り」の話じゃなくて、人生の普遍的な真実を突いているからです。
何かを成し遂げたと思った瞬間に襲ってくる空虚感とか、すごく盛り上がったイベントの後に必ずやってくる日常の退屈さ。
監督は、普通のハリウッド映画みたいな「めでたしめでたし」のエンディングを拒否して、あえて不安な余韻を残したんです。
この映画は、今の若い世代が見ても十分共感できるテーマを含んでいます。
いい大学を出ても自分の居場所が見つからないベンジャミンの悩みは、現代の若者が抱える「生きづらさ」と重なりますよね。
敷かれたレールの上を歩くのは嫌、でも自分でレールを敷く方法も分からない。
そんな迷いを抱えた人が、一瞬の輝きを求めて走り出して、でもまた静けさの中に戻っていく。
バスの中でのベンジャミンの表情は、「自由を手に入れたはずなのに、なぜこんなに不安なんだろう」っていう、自由の代償としての孤独を物語っています。
**この映画のポイント**
– 当時のアメリカの反体制的な空気を反映した作品
– 音楽が登場人物の気持ちを代弁する画期的な演出
– 主演のダスティン・ホフマンの、どこか頼りない演技がリアル
まとめ:祭りの後の寂しさ
結局、映画『卒業』のラストシーンにある「虚無」って何かというと、お祭りが終わった後の寂しさなんです。
非日常から日常に引き戻される瞬間の戸惑いとも言えます。
花嫁を奪い取るっていう劇的な行動は、彼らにとってゴールじゃなくて、困難な人生のスタートラインに立っただけでした。
バスが走り去った後、二人がどんな人生を歩んだのかは誰にも分かりません。
でも、あの「虚無」の表情こそが、甘いロマンスの裏にある、人生の本当の姿なんだと思います。
私たちはあのラストシーンを見るたびに、自分の人生における「選択」と、その後に続く「責任」について、静かに考えさせられるのかもしれませんね。
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